あの頃の私は、「これでいいのかな」とずっと迷っていた。
学校に行けなくなった長男と、不定期に別室登校をしていた時期。
無理をさせているのではないか
でも、学校との縁は切らない方がいいんじゃないか
行ける時だけでも行った方がいいのではないか…
正解が分からないまま、手探りで選んでいた選択だった。
今は、ゆっくり回復期の中にいる。
だからこそ、あの試行錯誤していた時間を少し落ち着いて振り返れるようになった。
学校との縁を切らないための別室登校
長男はずっと
「本当は戻りたい」「みんなと同じように行きたい」
と言っていた。
だから、いざ「戻ろう」と思えた時に戻りにくくならないように、学校との縁は切らさないようにしようと思った。
「母さんが一緒なら行く」
と言うので、月に数回しかない平日休みを使って別室登校の同行をしていた。
にいすけの希望で、みんなの目を避け9時過ぎに登校して、1〜2時間だけ別室にて滞在する。
(正直に書くとしんどい😅)
担任や他の先生が覗いてくれたり、調子が良い日は教室に出向くこともあった。
先生に促されて学習プリントをやるように言われたことがありましたが、過緊張のにいすけには緊張の助長にしかならず、あくまで「慣らし」として登校したい旨をお伝えしました。
ある日教室に出向いたにいすけが、製作の授業に丸々参加できた日には、本当にびっくりしたのを覚えています。
えらい帰って来んな、と思ってました😅(1人別室で佇む母)

教室は刺激が強すぎた
でも教室は、にいすけにとって刺激が強すぎたようでした。
毎回、汗だくで放心状態になって別室に戻ってきていた。 自分から言い出せず固まってしまうので、担任の先生が「別室に戻りたくなったら先生と3秒目を合わせてね」とアイコンタクトを決めてくださった。
それでも救いだったのは、クラスの受け入れがとても温かかったこと。 にいすけも「(教室は)楽しかった」と感じていたこと。
にいすけを見かけるたびに、クラスメイトが「にいすけー!」と声をかけてくれていた。
そんなクラスだったから、『行きたい』と思えてたんだと思います😌
そのクラスで、修学旅行だけは参加することが出来た。 「みんなとの思い出が作りたい」との一心だった。
運動会や卒業式には参加できなかったけれど。
正直、修学旅行参加にはハラハラして、私も休みを取って構えていた。もしもを考え、途中リタイヤの場合迎えに行けるように待機していました。
でも、思いの外あっさりとバスに乗ったにいすけ。行きのバスを見送った時、安堵のため息が出て、目頭が熱くなりました。
道中や現地の様子の写真を、学年宛てのメールに沢山添付して下さって、様子が分かって安心した。楽しそうに参加してる。フォローしてくれた先生とお友達に感謝😭🥹
そして翌日、無事に満足げに帰ってきたにいすけの姿を見て、とても誇らしい気持ちになりました。
「みんなとお揃いのドラゴンのキーホルダー買った 」
(笑)というお土産話を笑顔で聞けました(男子は好きよね、ドラゴン🤣)。
今だから思うこと
別室登校に意味があったのかは、今でも分からないです。今同じように続けている訳でもないし、状況が好転してる訳でもない。
回復期に入っていない子にとっては、エネルギーを削る時間だったのかもしれない。
無理をさせてしまった部分もあったと思う。
それでも、あの時の私たちは、あの時なりに一生懸命だった。
にいすけの意思を確認しながら、不登校で下がってしまった自己肯定感を、小さな成功体験で立て直すのに必死でした。
ただ、親子で模索していた。
「つながりを切らない」という安心のために
「出来ることを少しだけ試す」を繰り返し。
最近、長男はこんなふうに言っていました。
母さんがおらんかったら無理やったけど、
自分がどこまで出来るかチャレンジ出来たし、
こんなやり方もあるって、他の人の選択肢になれたと思う。
その言葉を聞いて、あの時間を少し違う気持ちで振り返れるようになった。

もし、別室登校をしていた頃の私に伝えられるなら、こう言いたいです。
大丈夫。めっちゃ疲れるけど、
その時間は、無駄じゃない。
にいすけめっちゃ大人になってる!過去の行動も意味づけ出来てるし、超ポジティブ!
迷いながらでも、ちゃんと前に進んでるよ
って。
❀moyu❀
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別室登校は正解だったのか分からない。でも、あの試行錯誤の時間は無駄じゃなかったと思っています。