「不登校なのに修学旅行だけ来ると、周りの子がお世話係になるのでは?」
そんなThreadsの投稿を見かけた。
純粋な疑問としての投稿だったと思う。
でも私は読んでいて、少し苦しくなった。
というのも、その話題の中で時々、
「周囲へ負担をかける可能性があるなら参加すべきではない」
という空気を感じることがあるから。
もちろん、
周囲の生徒へ負担を丸投げすることは違うと思う。
でも私は、
「だから来るな」
ではなく、
“生徒同士の善意へ曖昧に負担を流してしまう運用”
の方に課題を感じている。
本来、「支援が必要かもしれない子」が参加する時は、
- 誰が
- どこまで
- 何を担うのか
を、大人側が整理しておく必要があるんじゃないかなと思う。
例えば、
- 困った時のヘルプルート
- 離脱や別行動の選択肢
- 先生側のフォロー体制
- 本人の限界ライン共有
など。
「周囲の子が全部支えてね」
ではなく、
“ラインを越えたら大人が対応する”
を明確にしておく。
そういう調整が必要なんだと思う。
実は、うちの不登校中2長男も、
小6の時、修学旅行だけ参加した。
修学旅行へ行きたいと言った長男
6年生の頃は、
週3日くらい放課後に配布物を取りに行く名目で、
一緒に職員室へ顔出し挨拶をしていた。
私の平日休みは全部同行登校。
1〜2時間くらい。
月5回前後かな。
修学旅行へ行きたいと言ってからは、
係決めも、
班も、
部屋割も、
全部お任せした。
長男は元々友達が多く、
誰とでも自然に話せるタイプ。
むしろ、
1人になりそうな子をさり気なく誘うような子だったので、
こちらから特に希望は出さなかった。
そしたら、
一番仲良しの子が、
「全部一緒にしといたよw」
とママ経由で伝えてくれて。
しかも後から、
「逆に嫌だったらどうしよ」
と心配していたらしく、
涙出そうなくらいありがたかった。
私は今でも、
あれを「お世話係を押し付けた」に該当するとは思っていない。
あの子達なりに、
自然に、
気を遣い合いながら関わってくれていたんだと思う。
本当にありがたいこと。
修学旅行までの道のり
長男自身も、
せめて修学旅行だけでも皆と思い出を作りたい
と言っていた。
修学旅行までの学校訪問も、
同行登校も、
たまにクラスへ入るのも、
冷や汗をかきながら、
腹痛にも耐えながら頑張っていた。
前日は、
行けなかったらどうしよう…
と不安でなかなか寝付けず、
結局4時間くらいウトウトしただけ。
当日も腹痛と闘いながら、
何とか出発まで辿り着いた。
私から見ても、
ものすごく緊張しているのが分かった。
正直、
途中リタイヤも想定していたし、
遅れて参加、
現地待機、
何があっても動けるように、
私は仕事を休んで待機していた。
でも長男は、
案外すんなり皆の元へ行き、
バスに乗る時も、
助けを求める視線さえ送らず、
そのまま出発していった。
出発後も、ずっとソワソワしていた
出発後も私はずっとソワソワ。
学校から連絡が来ないか待機していた。
けれど、
学校から届く近況メールの写真の中には、
笑っている長男が沢山写っていた。
グループ写真、
食事風景、
お土産コーナー。
どの写真でも、
ちゃんと皆の中にいた。
結局、
定期メール以外の連絡は無し。
でも逆に、
長男入りの写真を沢山送ってくださったことに、
「心配しないように」という学校側の配慮を感じた。
友達にも恵まれた。
先生にも見守っていただいた。
本当に、
沢山の人の優しさに支えられて行けた修学旅行だったと思う。
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「行けた」の裏にあったもの
次の日、
長男はぐったりして帰宅した。
非常電源まで全部使い切ったんだと思う。
でも、
楽しかった!😁
お揃いでキーホルダー買ったよ。ドラゴンw
〇〇がおならしてさ(笑)
恋バナしよったけ寝たふりしとったw
そう言いながら、
すごく嬉しそうに話してくれた。
実は当時、
小児心身症外来の先生からも、
「頑張りの上限設定をする。絶対にそれを越えて頑張らせない。大人も絶対に約束を守ることが大切。」
と繰り返し言われていた。
ただ正直、
当時の私はそこまで体系的に理解できていた訳ではない。
でも今振り返ると、
修学旅行のような大きな行事へ参加する時こそ、
「どこまで頑張るか」
「どこを越えたらストップするか」
を、本人・親・学校で共有しておくことは、
とても大切だったと思う。
実際、
我が家でも無意識のうちに、
- 🌿 途中離脱
- 🌿 別行動
- 🌿 親待機
- 🌿 現地対応
- 🌿 崩れたらストップ
を想定して動いていた。
本来はこういう
“継続・離脱・別行動・帰宅”
を含めた調整ルートを、
大人側が整理しておくことが、
より良い支援には必要なんだと思う。
無理に頑張りすぎることで、
本人がパニックになったり、
後から大きく崩れてしまうこともある。
そしてそれは結果的に、
周囲の子達への負担増加にも繋がりうる。
だからこそ、
「生徒同士の善意だけで支える」ではなく、
“ラインを越えたら大人が介入する”
という前提を、
きちんと共有しておくことが大切なんじゃないかなと、今は感じている。
以前こちらの記事にも書いたけれど、
不登校の子ども達は、
見えないところでエネルギー切れを起こしていることがある。
だから私は、
「修学旅行へ行けたなら、普段も行けるはず」
とは、とても思えなかった。

必要なのは「排除」ではなく「調整」
私は、
「周囲の生徒が全部フォローするべき」
とは思っていない。
でも逆に、
「修学旅行だけ来る不登校児=周囲を振り回す存在」
と、一括りにすることも出来ない。
実際には、
本人も、
親も、
学校も、
友達も、
それぞれ気を配りながら、
調整しながら成立していることもある。
だから必要なのは、
「来るな」
でも、
「全部周囲が支えろ」
でもなく、
“大人側が線引きと調整を担うこと”
なんじゃないかなと思っている。
外から見える
「行けた」という結果だけでは、
分からないことも沢山ある。
「修学旅行だけ来る不登校児」
その言葉の裏には、
見えない葛藤や、
ギリギリのエネルギー配分があることも、
知ってもらえたら嬉しい。
❀moyu❀