良かれと思っての押し付けが苦しい理由|心理的リアクタンスと自己決定権

こども

«この記事で分かること- 心理的リアクタンスとは何か- なぜ押し付けられると苦しくなるのか- 「私が決めたい」が自然な理由- 不登校支援や子育てとの関係- 自己決定権を尊重する関わり方»

「勉強しなさい」

「こうした方がいいよ」

「絶対こっちがおすすめ」

「話だけでも聞いてみて」

そんな言葉に、なぜかモヤモヤしたり、反発したくなったりした経験はありませんか。

私はあります。服屋さんの「何かお探しですかぁ?」も苦手だし、ショッピングモールで水の販売をしている方から「ティッシュだけでもどうぞ」と言われた時も、「要らないです」と断ります。

昔の私なら受け取っていたと思います。

断るのは悪い気がしたし、少しくらい話を聞いてもいいかなと思っていたからです。

でも最近は違います。相手が悪いわけではない。ただ私は、そのやり取りを望んでいないのです。

そして、この感覚にはちゃんと名前がありました。

良かれと思って言ってくれているのは分かる

まず最初に言っておきたいのは、押し付けてくる人の多くは悪意ではありません。むしろ善意です。健康になってほしい。失敗してほしくない。困っているなら助けたい。良い商品だから知ってほしい。その気持ちは分かります。

私自身も医療従事者として、「こうした方がいいですよ」と伝える立場になることがあります。

だからこそ思うのです。善意と、受け取れるかどうかは別問題なのだと。

なぜ人は押し付けられると苦しくなるのか

心理学には、心理的リアクタンスという考え方があります。これは、自由や選択権が脅かされたと感じた時に起こる抵抗や反発の感情のことです。

例えば、自分から片付けようと思っていた子どもが、親から

「早く片付けなさい!」

と言われた瞬間にやる気をなくす。

観ようと思っていた映画なのに、

「絶対観た方がいい!」

と強く勧められた途端に観る気がなくなる。

そんな経験はないでしょうか。人は正しいことに反発しているわけではありません。反発しているのは、

「自分で決める権利を奪われそうな感覚」なのです。

「私が決めたい」はわがままではない

私は昔、アドバイスに対して反発する感情があることに少し罪悪感がありました。

せっかく教えてくれているのに。

良かれと思って言ってくれているのに。

断るなんて申し訳ない。

そんなふうに考えていました。でも今は違います。

人は本来、自分で選びたい生き物です。

何を着るか。何を食べるか。どこへ行くか。    誰と付き合うか。

小さな選択の積み重ねが、

「自分の人生を生きている感覚」を作っています。

心理学には、自己決定理論という考え方もあります。人は、自分で選べていること、自分で決められること、自分の意思が尊重されることによって、意欲や幸福感が高まると言われています。つまり、「私が決めたい」は、わがままでも自己中心的でもありません。人として自然な欲求なのです。

人生の運転席は誰のもの?

心理的リアクタンスを考えていた時に浮かんだイメージ。

自分が運転している車に、知らない人が急に助手席に乗り込んできて、

「そっちじゃない!」「こっちの道だから!」「私、この道知ってるから!」

と言い始める。

たとえ本当に近道だったとしても、怖いと思いませんか?

私ならまず、「いや、誰?」と思います😱

問題は道ではありません。問題は、ハンドルを握られそうになることです。人は人生のハンドルを守ろうとします。だから抵抗が起きるのです。

ティッシュが嫌だったわけではない私

私は、ティッシュが嫌だったわけではありません。販売員さんが嫌いだったわけでもありません。

ただ、

ここから営業が始まるかもしれない…😰

という未来を予測して断ったのです。

過去には、なかなか話を終わらせてもらえなかった経験もある。断っても勧め続けられた経験もある。だから私は、最初から【その後のやりとりを含め拒否する姿勢】を示すようになったのです。

防御本能です。自分の選択権を守ろうとしただけなのです。

良かれと思っての押し付けが苦しい理由

押し付ける側は、良いものを勧めているつもりです。

近道を教えているつもりです。

失敗しない方法を伝えているつもりです。

でも受け取る側からすると、問題は内容ではありません。「選択肢として置かれている」のか。「従うことを期待されている」のか。そこに大きな違いがあります。

人は、提案されることには安心できます。

けれど、誘導されたり支配されたりすると苦しくなります。

良いはずの情報が、時に苦しさへ変わるのは、内容ではなく自由が脅かされるからじゃないかなと思います。

人は正しいことに反発している訳ではない。自分で決める権利を奪われそうな感覚に反応してるのです。

親になると、ハンドルを握りたくなる

子育てをしていると、親はついハンドルを握りたくなります。

転ばせたくない。

失敗させたくない。

傷ついてほしくない。

だから、

「こっちの方がいいよ」「それはやめた方がいいよ」「こうした方がうまくいくよ」

と言いたくなる。

特に不登校になってからは、

学校へ行った方がいい、勉強した方がいい、    生活リズムを整えた方がいい

と親として当然の心配と理想をたくさん抱えていました。でも、今振り返ると、私が焦っている時ほど息子は動けませんでした。

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息子が教えてくれたこと

不登校になってから、私は何度も

どうしたら学校へ戻れるか

と考えました。

でも息子が少しずつ動き始めたのは、私が引っ張った時ではありませんでした。

本人が、「図書館へ行ってみようかな」と思った時。

本人が、「公園まで走ってみようかな」と思った時。

本人が、「これならできそう」と思えた時でした。

最近、息子は半年ぶりに図書館へ行きました。その後は自分から公園へ走りに行きました。周りから見れば小さな一歩でしょう。

でも、その一歩は誰かに押された一歩ではなく、

自分で選んだ一歩でした。だから続いたのだと思います。

人は説得されて動くより、納得して動く方が強い。息子を見ていて、そんなことを何度も感じました。

子どもにも自己決定権がある

私は子どもの不登校を経験して、自己決定権は大人だけのものではないと再認識しました。

もちろん、親には守る責任があります。命や安全に関わることは介入も必要です。

でも、子どもにも人生があります。子どもにも意思があります。子どもにも、「自分で決めたい」という力があります。その力を信じることは、放任ではありません。見守ることと放置は違います。

必要な時には支える。地図は渡す。でもハンドルまでは奪わない。それが私の目指したい親の姿です。

※未成年の為、ゴーカートにしてみました(笑)

医療従事者として考えたこと

私は医療従事者として、これまでたくさんの指導をしてきました。薬のこと。生活習慣のこと。睡眠のこと。運動のこと。もちろん必要な助言はあります。でも、正しい助言と、受け取れる助言は違います。

どれだけ正しい内容でも、相手が「自分で決めた」と思えなければ、なかなか行動には繋がりません

医療現場でも、子育てでも、支援でも、人間関係でも同じです。

人はハンドルを奪われると抵抗する。でも、運転が自分のままだと感じられると動きやすくなる。

そんなことを改めて考えさせられました。相手の善意は受け取る。でもハンドルは渡さない。

最近の私は、

要る時は拾うから置いておいてください

と思うことが増えました。

以前なら、冷たい人間になった気がしていたかもしれません。でも今は違います。

相手の善意はありがたい。おすすめしてくれる気持ちも分かる。地図を見せてくれることにも感謝している。

ただ、その地図を使うかどうかは私が決めたい。そして、子どもの人生の地図も、最終的には子ども自身が選ぶものなのだと思います。

それは相手を拒絶することではなく、お互いの人生を尊重することなのだと思います。

まとめ

«この記事のポイント

心理的リアクタンスとは、自由や選択権が脅かされた時に起こる自然な反応

– 人は正しいことではなく「強制されること」に抵抗する– 「私が決めたい」はわがままではなく自然な欲求

-不登校の子どもも自己決定権を持つ一人の人間

-人は説得よりも納得で動く

– 相手の善意は受け取っても、人生のハンドルは渡さなくていい- 子どもの人生のハンドルも親が握るものではない»

相手のためを思うなら、ハンドルを奪うのではなく、必要な時に地図を差し出せる人でありたい。そして私自身も、相手の善意は受け取りながら、人生の運転席にはこれからも座っていたいと思います。子どもの隣にも座り続けたい。でも、運転するのは私ではない。そんなことを、不登校の息子から教わった気がしています。

❀moyu❀

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