はじめに:「修学旅行だけ来たって、ズルくない?」
ある日、SNSで目にした投稿。
「〇〇くん、ずっと学校来てなかったのに、修学旅行だけ来たらしい。なんかズルくない?」
にいすけのことではなかったけれど、胸がざわつきました。
うちの息子・にいすけも修学旅行だけに参加したクチだったからです。
本人には見せなかったけど、私はひどく傷つきました。
「修学旅行だけ行けるのはズルい」なんて、どれだけ表面だけを見た言葉なのか、悔しくてたまりませんでした。
起立性調節障害の息子が「行けた日」に隠された努力
にいすけは、小学5年の後半から完全不登校になりました。
その背景には、起立性調節障害(体位性頻脈症候群/POTS)という、目に見えにくい不調があります。
朝は起き上がるだけで動悸、立ちくらみ、吐き気。
頭が働かず、身体も鉛のように重い。
本人は「行かなきゃ」「行きたい」と思っても、身体がついてこない日々が続いていました。
それでも修学旅行には、「行ってみたい」と彼が言いました。
出発前日は眠れず、当日朝も「無理かも」とお腹をさすりながら準備して、
やっとの思いで集合場所に向かいました。
もし途中リタイヤだったら…と私も仕事を休んで待機。
それは「ズルい」どころか、命を削るような覚悟とエネルギーの消耗でした。

HSC(繊細な子ども)の特性が、消耗を深めていた
にいすけは、おそらくHSC(Highly Sensitive Child)です。
人の顔色や空気を過敏に読み取り、怒号や強い光・音に敏感。
学校という環境そのものが、日々「戦場」だったのです。
通えていた時期も、
「迷惑かけていないか」「先生怒ってないか」「大丈夫かな」
そんな心配ばかりで、毎日が全力疾走。
その積み重ねで、心と体が限界を迎えたのが、小5の冬でした。
昼夜逆転やゲーム依存、それって「甘え」なの?
うちのにいすけは、日中はやることを済ませればゲームは出来るようにしていますが、夜のゲームは制限しています。
けれど、私が見聞きした同じような子どもたちの中には、
朝がしんどくて起きられず
夜だけ元気になり
深夜にゲームや動画で気を紛らわせている
という子も少なくありません。
これは「甘え」ではなく、自律神経の不調による生活リズムの乱れです。
唯一「楽な時間帯」に、自分を保つための手段なんだと思います。
ゲームにのめりこんで生活リズムが崩壊するパターンばかりではありません。自律神経系の不調により昼夜逆転し、ゲームに逃避せざるを得ない状況の子もいるのです。
「ズルい」と言う前に、ちょっと立ち止まって
「ずるい」「行けるなら普段も来なよ」といった言葉は、
当事者や家族にとって、深く傷つくナイフのようなひと言です。
しかも今回は、にいすけ本人に向けられたわけではないSNSの投稿。
だけど、それでも、私の胸には突き刺さった。
逆に、にいすけが帰宅後に教えてくれた言葉もあります。
「来てくれてありがとう」って、クラスの子に言われたよ。
どれだけ救われたか。
あの子のその一言に、私たちは報われたのです。
不登校児って、元から「不登校児」として生まれたわけじゃない。不登校に至るまでの学校生活も確かにあったんです。友達もいるし、思い出もある。だから「せめてその日だけでも楽しく一緒に過ごしたい」という思いで臨みました。
「お揃いのキーホルダー買ったよ!」とお土産(男子が大好きなドラゴンw)を見せてくれたにいすけの笑顔は忘れられません。
見えない部分に、想像力を
学校に行けない子が、イベントにだけ行けることがある。
でも、それは“ラクをしている”からじゃない。
その子なりに、
何日も前から準備し、プレッシャーを受け止め、当日やっと踏み出した奇跡の一歩なんです。
にいすけの修学旅行も、きっと一生忘れられない「がんばりの記憶」です。
みなさんへ
どうか、「ズルい」と決めつけないでください。
子どもたちの「行けた日」は、
その影で見えない努力や葛藤のうえに成り立っています。
想像してください。
そして、そっと寄り添ってくれる言葉をかけてくれる大人が、もっと増えてくれたら――。
そう願って、この記事を書きました。
✅まとめ
修学旅行に「だけ」行けたのは、起立性調節障害+本人の努力のたまもの
SNSの一言でも、当事者を傷つけることがある
昼夜逆転やゲーム依存は「甘え」ではなく、背景にある不調のサインかもしれない
「行けた日」を、誇るべき挑戦として受け止めてほしい
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