不登校初期は「混乱期」|何も決められなくて当たり前
子どもが学校に行けなくなった直後は、多くの家庭が混乱期に入ります。
- 何が起きているのか分からない
- 理由を聞いてもはっきりしない
- 行かせた方がいいのか、休ませていいのか判断できない
- 親自身もショックで、感情が追いつかない
この状態は、異常でも失敗でもありません。突然、日常が崩れた時の自然な反応です。
私自身も、
「早く原因を突き止めなきゃ」
「正しい対応をしなきゃ」
と頭がいっぱいで、落ち着いて考える余裕はありませんでした。
この時期は、こんなことが同時に起こりがちです。

どれも、弱いから起きているわけではありません。ごく自然な、防衛反応のひとつにすぎません。
混乱期は、心も体もエネルギーが急激に落ちている状態です。この段階で、
原因を特定する、
進路を考える、
先の見通しを立てる、
こうしたことを無理に進めようとすると、親も子も、さらに消耗してしまいます。
だって、不登校という危機に直面して、急に真っ暗なトンネルに立たされ、何が何だか分からないような状況。
だからこの時期は、決められなくて当たり前です。まずは立ち止まり、
「ここはどこ?」
から始めたら良いのです。
あとから振り返ると、この混乱期に本当に必要だったのは、
安全に過ごせる時間。
これ以上追い込まれない環境。
混乱期は、何かを前に進める時期ではなく、守る時期。それに気づけたことで、少しずつ次の段階へ進めました。
私の場合(混乱期の実感)
私の場合、子どもが学校に行けなくなった直後は、「何がいけなかったんだろう」「もっと早く気づけたんじゃないか」そんな考えが、頭の中をずーーっと回っていました。
朝になるのが怖くて、布団から出られない子供や、学校の時間割や連絡帳を見るだけで胸がざわざわする。
時間が迫るにつれて、ソワソワイライラ…。
前日には「明日は行く」と言っていたのに、「…やっぱり無理…😢」と言われて落胆…。時には引き起こして強く怒ったり、無理やり玄関まで引っ張ったりもしました。
ほんま今考えても、酷いことをしたなと思います…。
頭では分かってるんです。
否定せず、寄り添うのがベストだって。
知ってるんです。知識としては。
メンタル系医療従事者ですし、私も当然受け入れ、寄り添えると思っていました。
でも、理解と感情は全く違うものでした。
大きくうねり襲いかかる不安の荒波に、私は飲み込まれていました。
大切な我が子の危機に膨らんだ不安に、こんなにも理性を圧倒して支配されるなんて、考えもしていませんでした。
自分でもコントロールが効かない状態に、不安は拡大。自分自身に落胆していました…。
でも一方で、子どもに理由を聞いても、はっきりした答えは返ってこない。それなのに私は、「原因を突き止めなきゃ」「正しい対応をしなきゃ」と、焦る気持ちばかりが先に立っていました。
今思えば、子どもだけでなく、親の私自身が完全なる混乱期だったと思います。
後から分かったこと
この時期の私は、「動かないといけない」「何かしないと取り返しがつかなくなる」そんな不安に突き動かされていました。
でも実際には、これ以上にいすけに負担をかけたくないと思い、かなり慎重に行動していたので、その“動けない時間”があったからこそ、これ以上こじれずに済んだ部分もあったな、と思います。
今は「安心と生活」を整えることが最優先── マズローをやさしく噛み砕く
不登校になると、どうしても頭は先のことに飛びがちです。
- 勉強はどうなるんだろう
- このままで将来は大丈夫?
- 進路は?高校は?
でも、混乱期の親子にとって、実はそこを考える前に必要な段階があります。それを分かりやすく示しているのが「マズローの欲求段階説」です。
すごく簡単に言うと
マズローの欲求段階説では、人の心の欲求は下から順番に積み上がる形で考えられています。イメージとしては、土台が広くて、上に行くほど小さくなるピラミッド。下にあるものほど「生きるために欠かせない基本的な欲求」、上に行くほど「余裕がある時に考えられる欲求」とされています。
順番で言うと、こんな感じです。
- 生きるための基本(食べる・眠る)
- 安心して過ごせること
- 人とのつながり
- 自信や自己肯定感
- 学び・成長・自己実現

①や②が不安定なままでは、④や⑤(勉強・将来・成長)に意識を向けるのは難しいと考えられています。
なので、不登校初期は、勉強や進路(⑤)よりも安心して生活できること(①②)を大事にする時期。それは「甘やかし」でも「逃げ」でもなく、順番を守っているだけです。
「勉強できない」の前に起きていること
この時期、子どもは怠けているわけでも、考えていないわけでもありません。ただ、不安、疲れ、緊張、自分を守る反応で、エネルギーが底をついている状態なだけ。マズローで言えば、「上を目指す余裕がない段階」。
それは、怠けでも甘えでもありません。
だから、今は勉強より、安心。今は結果より、生活。それでいい時期があります。
私が「順番を間違えていた」と感じたこと
当時の私は、「勉強の遅れ」ばかりが気になっていました。でも振り返ると、一番必要だったのは、安心して眠れること、家で責められないこと、今日を無事に終えられること、その積み重ねでした。
土台が少しずつ整ってくると、子どもの中に「やってみようかな」という芽が、本当に自然に出てきました。
今の段階を知ることは、「焦らないための地図」を持つことに似ています。
土台が揺れているなら、まず整えるのはそこからでいい。
順番を飛ばさなくていい。
戻る日があってもいい。
行きつ戻りつしながら、少しずつ積み上がればいい。
マズローの話は、「こうしなきゃいけない」という理論ではありません。今はここ、次はその先、行きつ戻りつしてもいい。そうやって、今どこにいるかを知るための地図です。
だから、焦らなくていい、比べなくていい、今の段階を否定しなくていい。この時期は、それを自分に許してあげてほしいと思っています。
親の心にも「段階」がある── 受け入れなくていい時期がある理由
子どもが不登校になると、親は「どう対応するか」だけでなく、大きな喪失感にも直面します。それまで当たり前だと思っていた「学校に行く日常」「描いていた未来」が、突然崩れてしまうからです。
子どもの段階だけでなく、親の心にも段階があります。「どう対応するか」を考える前に、親自身の心が揺れていることも、とても自然なことでした。私も、子どものことを考えているはずなのに、不安で頭がいっぱいになる日を何度も行き来しました。
この時、親の心に起きる反応は、キューブラー・ロスが示した
“喪失を経験した時の心の段階”ととてもよく重なります。
キューブラー・ロスの段階を、親の立場で見ると
この理論では、人は大きな出来事のあと、次のような心の動きを行き来すると言われています。
- 否認(信じたくない):「一時的なものだよね」「そのうち行くようになるはず」
- 怒り・焦り:「どうしてうちの子が」「学校の対応が悪いのでは」「私の育て方のせい?」
- 取引・解決探し:「この方法なら戻れるかも」「ここに相談すれば何とかなるかも」
- 抑うつ・無力感:疲れ切って、考える気力もなくなる。情報を見るのもしんどくなる。
- 受容:「こういう時期なんだ」「今できることをやろう」
大事なのは「順番通りに進まなくていい」こと
この段階は、上から順にきれいに進む、一度進んだら戻らない、というものではありません。
実際には、受け止めたと思った次の日に、また否認に戻る。落ち着いたと思ったら、急に焦りが出る。そんなふうに、行きつ戻りつします。
それは、失敗でも後退でもありません。心が壊れないように、整理している途中です。
そんなふうに揺れながら過ごしていたあの頃、もうひとつ私を苦しめていたのは、
「決めなければならないこと」の多さでした。
でも振り返ると、混乱期に無理に決めなくてよかったことが、たくさんあります。
「まだ受け入れられない自分」を責めなくていい
不登校初期に「受容が大事」「親が変わらないと」という言葉を聞くと、余計につらくなることがあります。でも、キューブラー・ロスの考え方では、受容は“目標”ではなく、結果として訪れるもの。無理に前向きにならなくていい。受け止めきれない時期があっていい。今どの段階にいても、それは自然な反応です。
私自身も、この段階を行き来していました
私も、落ち着いて考えられる日と、どうしようもなく不安になる日を何度も行き来しました。後から振り返って、「もっと早く受け入れられたはず」と思うことはありません。あの揺れがあったから、無理をせず、壊れずに済んだそう感じています。
今すぐ決めなくてよかったこと── 決断を先送りしても大丈夫だった理由
不登校になると、次から次へと「決めなければならないこと」が押し寄せてきます。学校はどうするのか。いつまで休ませるのか。原因は何なのか。この先はどうなるのか。
でも振り返ってみて、不登校初期の混乱期に、無理に決めなくてよかったことがたくさんありました。
学校に戻る時期を決めなかった
「いつから行けるのか」「いつまで待てばいいのか」一番聞かれて、一番悩んだ部分でした。学校側からは、「とにかく連れてきてくれたら」という連絡が続きました。電話や家庭訪問など、手を変え品を変えた関わりは、ありがたい反面、大きな負担でもありました。
親の私自身が、まだ状況を受け止めきれていない時期だったので、学校側の意見に揺れ動いてしまうことも多くありました。でも、わが子はすでに限界を越えていて、思うようには動けない状態でした。
結果的に、親の迷いと子どもの限界がぶつかり合い、苦しい日々が続きました。振り返ると、あの時期は、不登校の中でも一番つらかった時期だったと思います。
だからこそ、期限を決めなかったことが、後から振り返って救いになりました。
原因を一つに絞らなかった
不登校の理由をはっきりさせないと前に進めない気がして、私も必死に考えました。でも実際には、学校のこと、人間関係、性格や特性、その時の体調や環境、いくつもの要素が重なっていることが多く、一つの答えにまとめる必要はありませんでした。
原因探しに力を使いすぎると、今を支えるエネルギーが削られてしまうこともあります。
進路や将来の結論を出さなかった
不登校になると、どうしても「このままで大丈夫なのか」という不安が出てきます。でも、不登校初期は将来を決めるための時期ではありません。今は選べなくても、選択肢は後からいくらでも出てくる。実際、心と生活が落ち着いてから見えた道の方が、現実的でした。
そのかわり、将来についての不安に対処するために、勉強習慣は必要やね。と話をし、勉強に気が向いた時に負担少なく取り掛かれる教材を選びました。
周囲への説明を急がなかった
親戚や友人、学校関係者など、説明しなければならない相手はたくさんいます。でも、自分の中で整理がついていない状態で説明すると、余計につらくなることもありました。無理に分かってもらおうとしなくていい。話せる範囲だけで十分でした。
あと、出来るだけ本人の目の前で、どんな説明をしたか分かるように説明すること・誰にどこまで伝わっているか共有することを心がけました。
支援先を全部回ろうとしなかった
相談機関、医療、カウンセリング、検査。情報を集めるほど、全部行かなければいけない気がしてきます。
でも、今の段階に合わない支援を無理に受けると、かえって疲れてしまうこともありました。必要になった時に、必要なものを選べばいい。それで遅くはありません。
決めないことは、何もしないことではなかった。
決断を先送りすることは、放置でも逃げでもありませんでした。あの時の自分なりの、精一杯の選択でした。
安心して過ごすこと。生活を守ること。これ以上追い込まれないようにすること。それ自体が、この時期にできる、ちゃんとした選択でした。
それでも、やってよかったこと── 少しずつ呼吸ができるようになった理由
不登校初期は、何をしても正解が分からず、「これでいいのかな」と迷い続けていました。それでも振り返ると、結果的にやってよかったと思えることが、いくつかあります。どれも、状況を大きく変えたというより、これ以上苦しくならないための選択でした。
生活と安全だけは守ると決めた
勉強や学校のことよりも先に、まずは、眠れること、食べられること、家の中で安心して過ごせること。ここだけは崩さないようにしました。完璧ではなかったし、できない日もありました。でも、「今日は無事に一日終わった」それだけでいい日が、確かにありました。
子どもの課題と、親の課題を分けて考えた
当時の私は、子どもが動けないことも、学校に行けないことも、全部自分の責任のように感じていました。
でもある時、「それは誰の課題なんだろう」と考えるようになりました。学校に行くかどうか。いつ動けるようになるか。それは、子どもの課題でした。一方で、安心できる環境を整えること、話を聞くこと、責めずに見守ること。それは、親の課題でした。全部を背負おうとしなくなったことで、私自身の呼吸が、少し楽になりました。
それから、方針について話合う機会には、なるべく本人を同席させました。負担にもなるのでおすすめという訳では無いですが、
・伝達時に言い回しやニュアンスが違って伝わってしまうのを防ぐため
・先生や支援者が提案や声かけした時の反応を見る(難しい提案は断る)。
・あらかじめ確認していた訴えを、本人が口にすることを手助けする・様子を見て代弁する
・子供の味方として支援している親の姿を見せる
こんな理由で、心がけていた対処です。
案外、学校から親だけ呼ばれたりするんですよね😓本人の人生のはずなのに、周りの大人だけでコソコソ話して決めるのは、違うと思ったからです。
あとは、頑張りの上限を決める。これも子供と大人が厳守すべきラインだと、主治医から教わりました。
→別ブログへ
親が一人で抱えない選択をした
「親なんだから頑張らなきゃ」そう思って、弱音を飲み込んでいた時期もありました。
でも、主治医・カウンセラーさん・不登校の友達家族・友人など、話せる相手がいるだけで気持ちは全然違いました。勿論家族ほど一緒に丸かぶりをしてくれる人はいません。だけど、全部分かってもらえなくてもいい。正解をもらえなくてもいい。ただ、少しずつでも外に出す場所があることが支えになりました。
小さな「できた」を見逃さなかった
学校に行けたかどうかではなく、起きられた、ごはんを食べられた、笑えた、外に出られた。そんな小さなことに目を向けました。
できなかった日があっても、できた日が一つでもあれば、それで十分。この視点があったことで、親も子も、少しずつ自分を否定せずに済むようになりました。
この「小さなできた」を拾う視点が、あとから振り返ると、スモールステップそのものでした。
子供は、その段階に慣れて暇になってきたら、勝手にステップアップするからね。
医者に言われた言葉です。本当にその通りでした。
他ブログで詳しく書いてます。
変わったのは、状況より「見方」だった
この章に書いたことは、どれも特別な方法ではありません。でも、全部を自分の責任にしないこと。順番があると知ること。今できる範囲に目を向けること。それだけで、混乱の中でも、ほんの少し光が入るようになりました。
この時期の親へ伝えたいこと── 不登校は「原因」ではなく、心の疲れが表に出た結果
不登校という出来事を、どうしても「問題」や「原因」として捉えようとしてしまう時期があります。でも振り返って思うのは、不登校そのものが原因だったのではなく、子どもの心が限界まで疲れていた結果、表に出た事象だったということです。そう考えられるようになった時、私は一気に楽になりました。
知識として知るのと、腑に落ちるのは別だった
「心が疲れると動けなくなる」「休む時期が必要なこともある」こうしたことは、知識としては以前から知っていました。でも、本当に楽になったのは、それを知識としてではなく、自分ごととして受け止められた時でした。不登校をどうにかしようとするよりも、「この子は、今それだけ疲れていたんだ」そう理解できたことで、見る景色が変わりました。
回復は、後からゆっくり追いついてくる
うちも、今も回復の途中です。一気に理解が進んだわけでも、すべてが解決したわけでもありません。でも、親子で振り返ったり、起きた出来事の意味を一緒に考えたりする中で、時間差で理解が育っていく場面がありました。
不登校になって2年が経つ時、子どもがふと、
母さんが前に言ってた『休む時』って言葉が浮かんでさ、あぁ、今はしっかり休もうって、最近思った
と、話してくれたことがありました。その言葉を聞いた時、2年前からかけていた言葉が、今やっとにいすけの心に届いたんだな。それほどに時間を要するんだな、と知りました。
本当の意味で休養を取れるのは、ここからなのだな。と。
今、伝えたいのはこれだけ
ここまで書いてきたことを、あの頃の自分に向けて一言でまとめるとしたら、私の中では、こうなります。
不登校は、親の失敗でも、子どもの弱さでもありません。心が限界を迎えた時に、体と行動が教えてくれたサインだった。そう受け取れるようになるまで、時間がかかってもいい。理解は、その場で起きなくてもいい。ずっと後から、追いついてくることもあります。
読んでくれたあなたへ
ここまで読めたあなたは、もう十分向き合っています。何かを変えなくてもいい。動き出さなくてもいい。ただ、「これは心の疲れが表に出た出来事なんだ」そう思えた日が来たなら、それだけで、景色は少し変わります。今は回復期でしかなくても、その歩みは、ちゃんと積み重なっています。

しんどさが続いている時の選択肢
・公的な相談窓口や支援先
不登校に関する地元の相談窓口
・検査や相談についての流れまとめ(期待しすぎて傷つかないために)
不登校支援機関の関係図(全国共通モデル)
国 → 都道府県 → 市区町村 → 学校・家庭・地域
1. 国
文部科学省 / こども家庭庁
・支援方針の策定
・全国的な制度設計
2. 都道府県教育委員会
・教育支援センターの設置
・不登校特例校の整備
・市区町村への助言
3. 市区町村教育委員会
・教育相談窓口の設置
・スクールカウンセラーの配置
・学校との連携調整
4. 学校
・担任
・養護教諭
・スクールカウンセラー
・スクールソーシャルワーカー
・校内支援委員会
5. 家庭
・保護者相談
・家庭での安心確保
・学校との連絡
6. 地域・民間支援
・フリースクール
・NPO団体
・居場所支援
・医療機関
・児童相談所
※支援は一方向ではなく、相互に連携しながら行われます。
※具体的な名称や窓口は自治体ごとに異なります。
ハッキリ言って、地域差がえげつないです。文部省のサイトから地元の相談窓口を検索しましたが、住んでいる市町村は掲示無し!あげく周辺地域も見てみましたが【このページはありません】…😑
校内教育支援センターもなけりゃ、校外機関利用の助成金もなし。そもそもフリースクールは車で1時間以上かかる場所…。
にいすけが不登校になった時に1番困ったのが、不登校のコーディネーターがいなかったこと。
なんの選択肢があるのか、利用相談はどこにするのか、それぞれの機関は何の役割を持つのか…。
何も分からないまま長くもがき苦しみました。自力で調べて手繰り寄せた糸で、やっとたどり着いたのが今です。
未だコーディネーターは居ないから、牛歩な我が家です😅
コーディネーターに辿り着ける地域の方は、学校・教育委員会から、不登校の相談・支援機関の案内をしてもらう所からが良いかもしれません。
私はそれさえ分からず再登校を目指して学校とだけ相談していた時期があります😓もっと早く視野を広げて選択肢を増やせていたら、かけなくて済んだ負担もあったなと思います。
正直、同じだけ背負ってくれる機関は無いかもしれませんが、ヒントは貰えます。共に糸を手繰り寄せながら頑張りましょう😭
医師対応のサービスもあり、心療内科や精神科の受診を迷っている方にも安心です。
継続的にカウンセリングを受けたい方と、目的に応じて使い分けられるのも良いなと感じました😊
定額制で利用しやすく、継続的に心理サポートを受けたい方におすすめです。
医師対応はありませんが、心理師による丁寧なサポートが受けられます😊
不登校段階別の記事
不登校記事まとめ📝
毎日を越えるために
- 自己肯定感を育な「宝物ファイル」についてはコチラ📝(宝物ファイルプロジェクト | 株式会社子どもの笑顔 )
最後に
ここにあるものは、「こうしなきゃいけない」という道ではありません。ただ、困った時に手をかけられる場所として、そっと置いておくだけです。読んで、閉じて、また必要になったら戻ってくる。それでいいかなと思っています。
❀moyu❀