Threadsでフォローさせていただいている方の投稿を読んで、言葉にできなかった違和感が、少し輪郭を持ちました。
「他者への関心が無く、一人を好む」という特性の説明に使われているイラストが、どこか淋しそうな表情で描かれていたことについて
のお話でした。
一人でいることを好む人は、必ずしも孤立しているわけではありません。けれど私たちは、無意識のうちに
「一人=淋しい」
「集団=安心」
という前提で物事を見てしまいがちです。
私自身、内向的・HSPの気質があります。人と関わることが嫌いなわけではありませんが、刺激の多い環境に長く身を置くと、確実に消耗します。だからこそ、一人で過ごす時間は、私にとって回復や調整のために必要なものです。
そんな自分の感覚と重ねたとき、この「淋しそうに描かれた一人」のイラストに、私も強い違和感を覚えました。そしてその違和感は、不登校の子どもを見る社会や学校教育の視点とも、深くつながっているように感じたのです。
一人でいる=淋しい、は本当?
「一人でいたら淋しいよね」
この言葉を、悪意なく投げかけられたことが何度もある。
でも私は、そのたびに言葉にできない違和感を抱えてきた。
私は内向的HSP気質。
人と関わることが嫌いなわけではない。
ただ、大人数や刺激の多い環境では、確実に消耗する。
だから一人の時間で回復してきました。
それを「淋しい」と決めつけられることが、ずっと腑に落ちなかった。
一人でいることと「淋しさ」は別のもの
一人でいることは、環境。
淋しさは、感情。
この二つは本来、まったく別のものなのに、
学校や社会では、いつの間にか結びつけられている。
一人でいる=孤立=問題。
そんな図式が、当たり前のように使われている。
でも実際は、
一人でも安心している人はいる。
人に囲まれていても、淋しさを感じている人もいる。
淋しさは、人の数では決まらない。
心のつながりを感じられているかどうかで決まるのだと思います。
そして、一人で落ち着いて取り組める活動が、
安心や自信につながる子もいます。
オンラインの脳トレ系の学び方は、
自分のペースで集中するほうが力を出しやすい子や、
人とのやり取りより、黙々と課題に向き合う時間が落ち着く子には、
ひとつの選択肢になり得ます。
一方で、
会話しながら進めるほうが安心できる子や、
画面を見ること自体が負担になる時期には、
無理に選ぶ必要はありません。
その子の今の状態に合うかどうかを基準に、
合えば取り入れ、合わなければ別の方法を探す。
無理に何かをしなければならないと思わず、それくらいの距離感でいいと思います。
学校教育が前提にしている「理想の姿」
学校では、こんな姿が「望ましい」とされやすい。
学校で「望ましい」とされやすい行動(例)
| みんなと一緒に行動する | +1 点 |
| 話し合いに積極的に参加する | +1 点 |
| 前に出て発表する | +1 点 |
| 協力して物事を進める | +1 点 |
もちろん、これが力になる子もいる。
でもその一方で、
点数化されにくいけれど、大切な力
| よく観察して全体を把握する | 評価されにくい |
| 考えてから動く | 評価されにくい |
| 刺激を調整して自分を保つ | 評価されにくい |
| 一歩引いて状況を読む | 評価されにくい |
静かに観察する子、
一歩引いて全体を見る子、
刺激を避けて自分を保つ子は、評価されにくい。
行動の違いだったはずなのに、
いつの間にか「性格」や「社会性」の問題にすり替えられていく。
不登校の子の「一人」を見て思うこと
不登校の子が、家で静かに一人で過ごしている姿を見ると、
「孤立しているのでは」
「社会性が育たないのでは」
と心配されがちですね。
でも内向的HSPの視点から見ると、
それはまったく違う景色に見える。
❌️外に出られないのではなく、
⭕️刺激が強すぎる場所から距離を取っている。
❌️人を拒否しているのではなく、
⭕️自分を保つために一度立ち止まっている。

一人でいられることは、
つながりを諦めたサインではなく、
自分を守ろうとする力が働いているサインなのです。
「集団にいられる=健全」という刷り込み
「一人でいたら淋しいでしょ?」
この言葉は、やさしさの形をしている。
でもその奥には、
集団にいられない状態は望ましくない、
という前提が、当たり前のように置かれている。
Threadsでの中でも、
「一人を好む特性」が、
どこか淋しそうな表情で表現されていることへの違和感が語られていました。
みんなでいるときは笑顔のイラストが多いのに、
一人でいる場面だけが、
「足りない」「かわいそう」かのように描かれてしまう。
感じ方は本来多様なはずなのに、
いつの間にか 感じ方そのものまで評価されるようになっているように感じます。
この前提がある限り、
一人を選ぶ人は その選択について理由を説明し続けなければならなくなる。
本当は、
一人でいること自体に、
正解も不正解もないはずなのに。
親として感じた、視点が変わった瞬間
私自身、内向的HSPの気質がある。
人と話すことが嫌いなわけではないけれど、
人混みや大人数のコミュニティに長くいると、確実に疲れてしまう。
それでも昔は、
「もっと積極的になれたら」
「ワイワイ集まるのに慣れなきゃ」
そんなふうに、自分が変わるべきなんだと考えてきました。
近年、自分の特性や気質を深掘りして考えるようになって、
やっと「このままでいい」と思えるようになったのです。
無理に外向的にならなくても、
一歩引いて状況を見たり、
静かに考えてから動いたりすることも、
自分なりの大切な在り方だったのだと気づいた。
だからこそ、不登校の子どもの姿が、
「止まっている」ようには見えなかった。
むしろ、
⭕️整えている。
⭕️立て直している。 ⭕️回復している。
そんなふうに見えます。
⏬️こちらの記事で、内向型と外向型では遺伝レベルでの違いが綴られています。納得。
📖刺激が苦手なのは遺伝の関係…「内向型」と「外向型」を分ける科学的な根拠 | PHPオンライン|PHP研究所
一人でいる時間が回復になる人もいれば、
言葉にしにくい気持ちを、静かに整理したい人もいる。
無理に前向きにならなくてもいいし、
答えを急がなくてもいい。
もし、
「誰かに話したいけれど、身近な人には話しづらい」
「今の自分の状態を、専門的な視点で整理してみたい」
そう感じることがあれば、選択肢のひとつとして、 オンラインでの相談サービスもあります⏬️
医師対応のサービスもあり、心療内科や精神科の受診を迷っている方にも安心です。
継続的にカウンセリングを受けたい方と、目的に応じて使い分けられるのも良いなと感じました😊
定額制で利用しやすく、継続的に心理サポートを受けたい方におすすめです。
医師対応はありませんが、心理師による丁寧なサポートが受けられます😊
おわりに
一人でいる=淋しい、と教えてしまう教育のほうが、 子どもの感じ方を狭めてしまっているのかもしれない。
一種の刷り込みのように感じてしまいます。
学校に合わせられなかったのではなく、
学校の評価軸が、その子の特性を想定していなかった。
そう考える視点も、あっていいと思うのです。
❀moyu❀