にいすけ出産病院は、屑男がすぐ駆けつけられるよう自宅近くの病院にしていました。
妊娠中から父親の自覚が乏しい屑男に目覚めて欲しかったから。
にいすけの出産は無事に屑男が立ち会え、
その後里帰りしたけれど、実家生活2週間で「いつまで俺を一人にするのか」とグズグズ文句を言い続けられて連れ戻される😭
育児家事丸々私なのはご期待通り😂なのですが、問題はにいすけと私の寝室。
里帰りから帰ると、布団がリビングに移動されてる。
「俺は仕事があるんだから、夜泣きとか無理。ここで寝て。」っつーことでした😩
この家は、メゾネットタイプのアパート。
2階にある2部屋が元寝室。元々、屑男が熟睡したいからって寝室は分けていました。2部屋は引き戸で隔てられてたんだけど、寝室を分けるだけでは不満で、私たちをリビングに追いやったって訳😘
1階にはあとキッチンと水回りだけしかない🤭
つまり、リビングとは名ばかりで、広さ六畳の中で、食事もするし、テレビも観る。そこに寝ろってさ❗️
ちなみに屑男は
22時過ぎて帰宅・ゆっくりテレビを観ながら夕飯を食べて、ガタガタ物音をたてながらすぐそばの風呂に入るし、寝室に持ち込む水筒に、ガラガラ音をたてながら氷を沢山入れて、0時頃やっと2階に行く🫨
しかも食器は私が洗わないと不機嫌になる🫨
や、寝れねーじゃん私とにいすけ。
で、夜泣きは私がオール対応。にいすけは乳児期に本当に良く泣いた…😭
細切れ睡眠💤

リビングには、朝日が容赦なく差し込む☀️😩
朝が遅い屑男を起こさぬよう配慮しながらにいすけとの朝ごはん。
ゴミ捨ても協力しない屑男は、ゴミが多くても「往復すれば❓️(moyuが)」と言うだけ。
新生児期~スリングで抱っこして50メートル先のごみ捨て場所に行くのが日課。
保育園に行きだしてからも、園グッズのリュック・布団袋・コブたろを抱えてごみ袋持って…雨天時はにいすけを抱っこして坂道を往復。
家の目の前に車があれば良いんだけど、車は人が通れるだけの200メートルの坂道の先。
鍛練の日々でした😅
この地獄は、乳離れが完了し、夜泣きが落ち着いた2〜3歳まで続きました。途中からは、にいすけの睡眠確保の為、
2階で入眠
→屑男帰宅に合わせて私だけリビングへ
→屑男が寝る頃に2階に寝てるにいすけを抱っこでリビングへ移動
というスタイルでしのぎましたが、睡眠を削られるのは本当に辛かった…